慈有塾概要
慈有塾(一般社団法人慈有塾)は、貧困や厳しい家庭環境等の様々な事情により教育機会を得ることができなかった若者を中心とする人たちに、もう一度勉強する機会を無償で提供する非営利の塾です。代表の高木実有さんが、自身の大学入学と同時に家出少年少女に勉強を教え始めたのが始まりで、2014年に慈有塾として活動を本格化させ現在に至っています。現在、東京都多摩市の教室をメインにして、日々、高木さんやボランティア教師の皆さんが、授業を行っています。2019年9月2日と16日に慈有塾にお邪魔して、代表の高木さんと受講生だったM.Kさんにお話を伺いました。
一般社団法人慈有塾 代表 髙木実有さん
日本社会における貧困問題は深刻な社会問題となっています。貧困は連鎖する傾向が強く、親の経済状況が子に引き継がれ、学習塾に行く機会が奪われて学歴格差を生んでいるだけでなく、中には親の虐待や精神疾患、いじめによる不登校により、基礎的な学力を身に付ける義務教育を受ける機会さえも失われている若者が数多くいます。また、自分や家族の生活を支えるために、長時間のアルバイトを強いられる状況に置かれている子も多く、知識不足から違法な労働環境に身を置いてしまうケースもあります。このような事態に一旦陥ると、そこから抜け出すのは容易ではありません。このような問題意識から、私が大学入学した直後の2008年から、家出した少年少女たち数人に私の自宅のアパートやバイト先で勉強を教え始めたのがきっかけです。大学卒業後いったんはNPOに就職したのですが、若者の学び直し支援を自分の人生のミッションにしたいと考え、2014年に慈有塾を設立し、以来、ずっと学習機会を無償で提供するという活動を続けています。お陰様で、現在、慈有塾は多くのボランティアに支えられており、高いスキルを持つ講師の方が毎日授業を行っています。
生徒は主に高等学校卒業程度認定試験と大学等の受験の合格を目標として学習しています。授業料・教材費は無料で、各種試験の受験料と通塾にかかる交通費のみが生徒負担となっています。また、授業の提供だけでなく、相談支援事業にも力を入れています。大学に行きたいと思ったときに、多くの生徒にとって、学力面の課題とともに、経済的な面も大きな問題になります。そこで、奨学金の申請方法等についてもアドバイスを行っています。また、生徒一人ひとりの関心や学力に応じたキャリア形成の支援も行っています。更に、厳しい境遇に置かれた若者の存在を社会に広く訴えるため、時間の許す限り啓発事業にも取り組んでいます。
慈有塾の活動の成果としては、毎年、約10名の生徒が高卒認定試験に合格し、3,4名が大学に進学しています。しかし、高卒認定試験を受ける前に3,4割が途中でやめてしまったり、大学進学希望者の全員が希望の大学に合格できるわけではない現実もあります。ただ、途中で辞めてしまった生徒たちの中には、25,26歳になって再び戻ってくる子たちもいるので、やはり社会の中で学び直しの場を提供しているという意義はあると思っています。
女性のキャリア形成支援のための「学び」や「学び直し」の在り方については、活動を行いながら模索しています。女性は子どもを産むと選択肢が多様になるし、ひとり親になる可能性が男性よりも高いです。慈有塾に来る子は、ストレートで人生を歩んでいる子はほとんどいません。22歳ぐらいで大学に入ろうとする生徒が多いので、大学卒業後の就職のことを考えたら、教員や、社会福祉士、看護師、理学療養士などの資格を取れる大学がいいと思っています。そこで、これらの資格が活かせる仕事についてできるだけ説明するようにし、生徒が少しでも興味を示せば、そちらの分野に進めるよう支援しています。実際に、慈有塾の生徒が一番希望する職業が保育士です。今年も保育士専門学校に進学した生徒がいます。
男女共同参画センターとの連携については、もし男女参画センターがハローワーク等と連携し、仕事に関する情報を持っているのであれば、まずは情報共有等で連携できればと思います。慈有塾の生徒は閉鎖的な環境で育ってきた子が多いので、世の中にどのような職業があるのか具体的にはほとんど知らない生徒が多いです。男女センターとの連携で、職業について教えてくれる機会があるといいと思います。
今後は、途中で連絡が取れなくなったり、慈有塾を辞めてしまった生徒をフォローし、サポートしたいと考えています。また、塾で行う授業の質の改善にも継続的に取り組みながら、子ども食堂ネットワークやDV被害者支援団体など様々な組織との連携を強化して、若者たちの支援を充実させていきたいと考えています。
受講者 M.Kさん(20代)
現在は、1歳から4歳の3人の子どもを育てながら看護学校に通っています。幼少期は、両親の離婚等で親戚をたらい回しで、小学校、中学校は養護施設から通いました。中学はとても荒れていた学校で、現実に絶望し爆発寸前の状態となり中学3年で少年院に入りました。少年院の施設の人が、諦めていた看護師になることに、親が支援してくれなくても自分の力でできる人もいると教えてくれました。
一年半後に養護施設に戻った時はもう高校受験は終わっていました。施設の看護師さんから、自身の体験として看護助手から准看護師、看護師になったという話を聞いて、私ももう一度頑張ろうと通信制の高校に入りました。バイトをしながらレポートを提出し、1年、2年となんとか昇級したものの、3年になると勉強が全然分からなくなりました。その頃、通信制高校にいることで看護助手になることができ、結婚もして勉強は少し遠のいていたのですが、やはり最後まで頑張りたいと思いました。そこで、以前いた施設に相談し、中高生を対象とした無料塾を教えてくれて連絡すると、社会人を対象にしている慈有塾を紹介してくれました。
看護助手の仕事は、看護師さんの雑務ですが、患者さんと関わることが多く、患者さんにありがとうと言われると、お役に立てたと途轍もなく嬉しかったです。ただ、患者さんに薬を塗ってとか薬を頂戴とか言われても専門知識がなくて自分のことを不甲斐なく感じ、看護師になりたいとまたすごく思いました。
同時進行で看護助手、結婚、出産、高校もなんとか卒業しましたが、このまま途切れさせたくないと高校卒業と同時に、看護学校に入るという目的をもって慈有塾に入塾しました。慈有塾では、勉強を教えてくれる一人ひとりの先生が親切に対応してくださり、無理なく勉強を進められました。わからない問題にたくさんの時間を割いてくださり、解けるようになると一緒に喜んでくれました。そのことが嬉しくて自分の気持ちに共感してもらえたと感じられて本当に救われました。
看護学校の入試対策でも、どの学校を受験するとよいか一緒に考えて下さって、面接の練習も何度も実際にやってもらいました。落ちた学校もありましたが、最終的に公立で倍率の高い学校に合格することができて、慈有塾の皆さんには感謝の気持ちでいっぱいです。今後は3年間頑張って看護師になり、将来は、お世話になった施設の看護師になりたいと思っています。